東京家庭裁判所 昭和38年(家)677号 審判 1963年6月13日
国籍 朝鮮 住所 東京都
申立人 金英舜(仮名) 外一名
本籍 住所 申立人住所に同じ
事件本人 山田英世(仮名) 外二名
主文
申立人らが事件本人らを養子とすることを許可する。
理由
申立人らは主文同旨の審判を求めたので、調査するに、申立人らに対する審問の結果、証人山田とみの証言及び申立人らが提出した証拠資料を綜合すると次の事実が認められる。即ち、申立人金英舜は朝鮮咸鏡南道端川郡○○邑○○○里に、同李桂花は朝鮮咸鏡南道端川郡○○面○○里にそれぞれ本籍を有する朝鮮人であつたが、大正七年に婚姻しその間に長男金良淵をもうけ、いずれも日本に居住すること長期にわたつている。事件本人らは、この金良淵が日本人女山田とみの間にもうけた非嫡出子であつて未だ父たる金良淵に認知されていないが(従つて日本国籍を有する。)いずれも出生以来肩書住所において申立人らと共に生活し健やかに養育されており申立人らに懐いている。ところが、申立人らは、故郷であり父母兄弟の居住している本籍地のある北朝鮮に近く帰還する予定であつて、その際には事件本人らを伴つて帰りたいと希望しているが、それには帰還手続をとる上において申立人らと事件本人らとの間に親子関係があることが要求されているので、事件本人らを養子とすることを希望している。これに対し、事件本人らの母であり親権者である山田とみは事件本人らに対する愛情も非常に薄く、事件本人らを申立人らに預けたまま顧みることなく、申立人らが事件本人らを養子として北朝鮮に連れて帰ることを承諾している。以上の事実が認められる。
そこで、まず本件につきわが国に管轄権があるか否かを検討するに、養子となるべき事件本人ら及びその親権者である実母は出生以来ずつと日本に居住しているというのであるから、事件本人らの住所は日本にあるというべく、しかも申立人らの住所が日本にあることは上に述べたとおりである。従つて本件養子縁組の管轄権が日本国にあることは明らかである。
次に、法例一九条一項によれば、海外養子縁組の要件は各当事者につきその本国法によつて定めることとなる。従つて、養子となるべき事件本人らについてはいずれも日本法が本国法として適用されることとなり、同法によれば本件養子縁組はその要件を充足し、むしろ事件本人らの福祉のため望ましいものと認められる。ところが、養親となるべき申立人らの本国法の決定については、現在朝鮮は北緯三八度線をほぼ境として南側を大韓民国政府が、北側を朝鮮民主主義人民共和国政府がそれぞれ支配しているため、国際私法上複雑な問題が存在する。第二次大戦後、朝鮮は北緯三八度線を境として南側をアメリカ合衆国軍に、北側をソ連軍によつて占領され軍政がしかれてきたが、米ソを中心とする国際情勢の変転に伴い一九四八年相次いで軍政が廃止され、南朝鮮には大韓民国政府が、北朝鮮には朝鮮民主主義人民共和国政府がそれぞれ樹立され、互に自己に朝鮮全土及び朝鮮全人民に対する正統な支配権があると主張しつつ、現実には北緯三八度線をほぼ境とするそれぞれの地域及びその地域内に居住する人民を支配して今日に至つている。朝鮮のこの現状を直視するならば、法廷地国が国際法上国家として承認していると否とに拘らず、国際私法上は朝鮮は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との二つの国家に分立しているものとしてそれぞれの国に属する人民にはそれぞれの領域内に行なわれている実定法を準拠法として適用するのが適当である。
然るときは、本件申立人らの本国法を大韓民国法とみるか朝鮮民主主義人民共和国法とみるかが問題となる。両国家とも朝鮮全人民に対しそれぞれ自国の国籍を付与し対人主権を主張しており、そのため一応朝鮮人民は国籍の積極的牴触を生じているものとみるべきであるが、この牴触は出生、婚姻養子縁組等の身分行為或は帰化の如き当事者の意思に基づく国籍取得行為等によつて生じたものでなく、戦争、占領、新国家の樹立という全く政治的理由によつて生じたものであるから、法例二七条一項によつて解決することはできない。この場合には、本国法適用の趣旨に立ち帰つて当事者の当該身分行為にいずれの実定法がより密接な関係を有するかの観点から本国法を法定すべきである。そして、その決定に当つては、まず第一に当事者の住所がいずれの国家の領域内にあるかによるべきであるが、住所が外国にある場合には、その居所、過去の住居所、父母の住居所、本籍地更にはいずれの国家に帰属することを望んでいるかという主観的要素をも加味して綜合的に判断すべきである。而して、本件において申立人らは既に日本に居住すること長期にわたつておりその住所は日本にあるといわねばならない。しかし、申立人らが日本に来住する以前は現在朝鮮民主主義人民共和国の支配している領域内に居住していたのであり、父母兄弟もそこに居住しており、しかも本籍地もそこにあり、更に申立人らは近くそこに帰還する意思を有しているのであるから、朝鮮民主主義人民共和国の法律をもつて申立人らの本国法とすべきである。
ところで、当裁判所は朝鮮民主主義人民共和国の養子法について朝鮮総連中央本部に適当な鑑定人の推せんその他照会する等調査の手段を尽してみたが、遂にその内容を明らかにすることができなかつた。かように準拠法として指定された外国法の内容が不明の場合には結局法例の準拠法指定の趣旨に添つてその内容を探求すべく、それにはまず準拠法国の全法秩序からその内容を推測すべく、若しそれが不可能ならば従前に施行されていた法令とか政治的経済的或は民族的に近似する国家の法秩序から準拠法の内容を推測すべきである。而して朝鮮民主主義人民共和国の全法秩序は必ずしも明瞭でなく遽かに養子法の内容について推測することはできない。朝鮮民事令一一条によつて戸籍の届出によつて効力を認める外慣習に委ねられていた日本統治下の朝鮮における養子縁組制度を顧るに、そこでは既婚の男子に祭祀承継者がないときに養親と同列にある男系の血族たる男子をもつて祭祀承継者とする制度として養子縁組を認め、男子のみが男子を養子となし得たのであるが、かかる養子の外に三歳以下の棄児を収養して収養者の姓に従わしめるいわゆる収養子及び女子或は異姓の男子を養ういわゆる侍養子なるものも行なわれていた(もつとも後者は法律上禁止されてはいた)。ところが、日本の統治終了後新たに制定された現行の大韓民国民法(一九五八年法律第四七一号)においては祭祀承継者即ち戸主相続人を得るための養子はなお養親と同姓同本の養子に限るとしつつも、この外に異姓養子をも認め(同法八七七条二項)、男女を問わず成年に達した者は養子をすることができ(同法八六六条)、また男女を問わず養子となりうるものとし、子のある養親も養子をすることができ従つて養子は一人に限らないことに改められた。ただ、未成年者を養子とする場合にも養子縁組は当事者の合意といわゆる戸籍吏への申告によつて成立するものとされ、公的機関による審査は要求されていない。古来の伝統をかなり尊重した大韓民国民法においてもかかる変更をみているのであるから、同国と同民族でありしかも社会主義的法類型をとつている朝鮮民主主義人民共和国の家族法においては、同一法類型に属するソ連法等の影響を相当強く受けていることと相俟つて、まず男女平等権法令(一九四六年臨時人民委員会決定第五四号)の実施によつて養子制度についても男女は平等となり女子も養親となり或は養子となりうることとなつたことは疑いを容れる余地がなく、また養子制度自体も祭祀承継者を得るための制度たることを脱皮して近代的家族制度としての養子制度即ち養子の福祉のための制度として発展しているものと推測し得べく、従つて未成年者の養子縁組を認めるについては養子の福祉を十分考慮してその成否を決めるため公的機関が関与すべきものとの要請が存するものと認められる(朝鮮総督府編・慣習調査報告書、朝鮮総督府中枢院・民事慣習回答彙集、権逸氏韓国親族相続法一二三頁以下、金具培氏「朝鮮民主主義人民共和国の家族法」法律時報三三巻一〇号七二頁以下、中川高男「ソヴエトの養子法」比較法研究二〇号六〇頁以下各参照)。
而して、仮りに朝鮮民主主義人民共和国においても未成年者養子縁組の成否について公的機関による実質的審査が要らないものとするも、本件養子縁組については養子となるべき者がいずれも日本国籍を有する者であるから法例一九条一項、日本民法七九八条によつて少くとも認知手続未了の事件本人らを申立人らが養子とするには家庭裁判所の許可を要するものというべく、かつ本件縁組が両準拠法の要求する、その要件を充足し事件本人らの福祉のため望ましいと認められることはさきに述べたとおりである。よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 加藤令造)